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ある日突然、ヒカルが東京に戻ってきた。



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時は、夏のR☆Sオケの公演も終わり
楓の高校生活最後のコンクールが
始まった頃の事・・・・。







”URAKEN”音楽事務所

代表:峰 龍太郎
専務:峰 清良
専務:奥山 真澄


☆☆☆


外観は、相変わらず、
昔の「裏軒」時代の雰囲気を残した風情ある佇まい。

扉は、茶色でシンプルな引き戸。

引き戸を開けると、なんという事でしょう(笑)

内装も、茶色で統一されたオシャレな感じ。

受付には、かつての裏軒の主人
「峰 龍見」の
かわいい人形が飾られている。








「すいません」

「はい」


受付の奥から、年配の女性が出てくる。

その女性が、客人を見るや否や


「あら、ヒカル君でないの?どうしたの?久しぶりやね」


興奮を隠せず、ついなまってしまった女性。



「近藤さん、お久し振りです。
ご無沙汰してしまって
今日、峰さんは?」


「まぁまぁ、あっ龍ちゃんなら
今、上で打ち合わせしとるから
ちょっと待っててね」


近藤は、電話の内線をかける。


「あっ龍ちゃん、なんとヒカル君が
見えとるわよ!
え?どこのヒカルかって?
何言っとんの?千秋君の息子の
ヒカル君に決まっとるじゃない!
はいはい」


近藤は、電話を切って


「どうぞ、あがって、奥の部屋におるから
あっ真澄ちゃんも来とるから」

「真澄ちゃんも?よかった
ちょうど真澄ちゃんにも連絡したかったから」

「さぁさぁ入りなさい」

「じゃぁ失礼します」







ヒカルが2階に上がると、真澄が飛んできた。


「ヒカル君、どうしたの?
お久し振り、元気だった?
最近、すごいじゃない?
よくテレビで見かけるわ、あの子たち」


ヒカルは苦笑い。

後から、峰も出てくる。


「おい、どうしたんだ?
あんまり急だったから、どこのヒカルかと思ったぞ」

「すいません。連絡してから
来ればよかったんですけど・・携帯なくって」

「携帯ないって、何かあったの?」


真澄は心配そうに聞いた。


「まぁともかく、中入れ。」

「はい、すいません」


3人は、奥の部屋に入った。

部屋の中には、他に誰もおらず


「あれ?打ち合わせ中だったんじゃ・・・」

「あっ他の皆は、ちょっと前に帰ったわ
私はこの後、もう仕事なかったから
龍ちゃんと世間話してたの
ちょうど、ヒカル君の話もしてたから
ビックリしちゃったわよ
まぁまぁともかく座んなさいな」


ヒカルは、真澄に促され
ソファに腰掛ける。


「で、なにがあった?」


峰が、話を振る。



「・・・・それが・・・」








例のヒカルが、STAFFとして携わった
グループ(プロジェクト)
正式名を「音楽集団 Four Seasons」

順調に、地方でのライブ活動をこなし
少しづつ認知度を高めていき
今年に入って、深夜だが国営テレビの音楽番組に
取り上げらたのをキッカケに
インディーズで出していたCDが、チャート1位を獲得。

ラジオや民放の深夜の音楽番組などでも
取り上げられるようになり
いよいよメジャーデビューという時に・・・

それまで、自由にやらせてくれていた事務所の社長が
病気で倒れてしまい、復帰のめどが立たず
結局、社長の座を息子に譲ることになった。

そして、状況が一変。

一旦、メジャーデビューの話は保留。

今までの地道にやって来た活動をやめ
メディアやネットでの
大々的な宣伝を打つことになり
改めてメジャーデビューの為にテレビの露出も増え
急に注目の的になりつつあったのである・・・。



が、しかし、その状況に
今までやってきたSTAFFは
納得がいかず、再三、新社長に方針を
変えるように懇願したものの
聞き入れられず、交渉決裂。

それに伴い
大幅にSTAFFの入れ替えが行われ
初めから参加していた
STAFFのほとんどが
このプロジェクトから手を引いた
(事実上の解雇)のである。

ヒカルは最後までメンバーに
引き留められたが
最終的には
他のSTAFFと同じく
解雇という形で、去ることになった。










「何だ?それ?」

「ひどいわね」

「・・・で、今まで、事務所から支給されていた
スマホ使ってたんで
データ消して、解約しちゃったんです。」

「それで、連絡できなかったってわけか・・・」

「はい・・・すいません」

「ヒカル君が謝る事じゃないわよ
何なの、その新社長ってのは!!」

「いや、一概に新社長だけが
悪いって訳じゃないんですよ・・・
その事務所も、正直、そんなに景気が
良かったわけじゃなかったようだし・・・」

「まぁ大人の事情ってやつか・・・」

「でも、メンバーの子たちがかわいそうね・・・
それとも、その方がよかったのかしら?」

「どうなんでしょうね・・・
かなりいい感じになっては来てたんですけど・・・」

「まぁこうなっちまった以上
しょうがねえよ
で、どうすんだ?これから」

「ひとまず生活していかなきゃなんないんで
仕事探さなきゃとは思うんですけど・・・」

「中々難しいかもな・・・」

「はい・・・」

「なんで?ヒカル君なら
今までの実績があるでしょ?
その筋で頼んでみれば?」

「でもな・・・」

「この仕事受ける時
他にもいくつかオファーはあったんです。
でも・・・・自分の手で
1からアーティストを育てるなんて・・・分不相応な事
出来る立場じゃな出来るかったのに
少し天狗だったんですかね・・・・
きっとバチが当たったんだと思います・・・」


「そんな事・・・・」


真澄は、泣きそうになった。


「だったらどうする?
あの時、オファーくれてた人たちの所回って
仕事くれって、土下座でもするのか?

・・・・そんな甘くねぇよ、この業界は・・・」


「はい・・・・わかってます・・・」


ヒカルは、そう言うしかなかった。


「ヒカル君・・・」


真澄も、それ以上何も言えなかった。


「でも、かえってよかったんじゃないか?・・・」


峰の言葉に、とまどうヒカル。


「え?」

「だって、お前さっきカッコいい事言ってたけど
実は、正直、あの仕事、心からやりたいって
思ってたわけじゃないだろう?」

「そんなこと・・・・」


ヒカルは図星だったのか
それ以上は、何も言えなかった。


「だって、あの仕事受けたのって
楓の為だろう?」


ヒカルは、ドキッとする。


「龍ちゃん、それ今言う事?」

「真澄ちゃんは、黙っててくれ」

「もう・・・」


真澄は黙るしかなかった。


「なぁヒカル・・・」

「・・・・」


ヒカルは黙ったまま。


「オレ、バカだからよ、遠回しに言えないから
ズバリ言うが、お前、ずっと自分に嘘ついてないか?」

「え?」

「お前は、本当の自分の気持ちごまかして
いつも周りの人間の事ばかりに気を使ってきた。
でももう、十分だろ?なぁ真澄ちゃん?」

「え?今私に振るの?」

「だって、こいつは
一番真澄ちゃんに恩を感じてる。
オレにもだけど」

「龍ちゃん、自分で、それ言っちゃう?」

「ともかく、真澄ちゃんも十分
恩は返してもらったよな?」

「・・・・ええ、もちろん。」


真澄は、ニッコリ笑って答えた。


「オレもだ。っていうか、それ以上のもの
オレはもらった気がする・・・
だって、お前がいなかったら
正直、R☆Sもどうなってたか
お前の親父の千秋とオレと真澄ちゃん
(正確には、清良だが)で
作った思い出のオケ・・・・
まだあの事で、立ち直切れてないお前を
無理やり巻き込んで
音楽の面はもちろんだが、お前は皆に愛された・・・
おかげで、メンバーとの
コミュニケーションン?も、スムーズに
行くようになり、
自然とメンバーも集まるようになった。
これは、全部お前のおかげといっても
過言ではない!」


「そうね・・・一時は、消滅しかけてたから・・・」


「そんな・・・ボクは、何もしてない・・・」

「だから、もういいんだぞ・・・
これからお前は自分の事だけ考えれば・・・」


ヒカルは、下を向いたまま
泣いているのか肩を震わせている。


真澄も涙を流している。


「そうだ!お前一度、パリに戻ったらどうだ?」

「?」


ヒカルは、突然の峰の提案に驚いて、
ゆっくり頭を上げた。


「お前が日本に来て何年だ?10年か・・・
あれから一度も帰ってないんだろう?」


ヒカルは、黙って頷く。


「ここらで故郷に戻って、一度頭真っ白にして
今自分が本当にりたい事、やるべきこと
ゆっくり考えてみるのもありなんじゃないか?」


「龍ちゃん・・たまにはいい事言うわね」

「なんだよ、たまにはって?」


「・・・・いいのかな・・・こんなんで・・・
ボク何物にもなってない・・・」


「そんなことねぇよ、お前は日本に来て
酸いも甘いも経験して大きく成長した!!
それは、オレが保証する!!」


真澄ちゃんは、泣き笑いながら


「やだ~龍ちゃんが保証してもね~」


「いいんだよ、もし千秋たちが
認めないって言ったら
そんな薄情な親は、見捨てて
また日本に帰ってこい!
そのときは、オレがまた一から鍛えてやる」


「何それ?千秋様が
そんな事言う訳ないでしょ
誰よりもヒカル君の事
理解しているのは、千秋様よ、ね!」


真澄は、ヒカルにウインクする。


峰は、ポリポリしながら


「冗談は置いといてよ
フランスに帰るも帰らないも、まぁお前次第だけどな」

ヒカルは、じっと一点を見つめている。

「・・・・」


峰と真澄は、そんなヒカルを黙ってみていた。

しばらくして

「あらもうこんな時間、ヒカル君
帰るところあるの?
何だったら、龍ちゃんの所で
お世話になったら?」

「いや・・・実は、横浜の親戚の家に世話になってて・・・」

「あぁ征子さんの実家の?」


「はい、そうです。
父さんの従兄弟の竹彦おじさんは、
いつまでもいていいって、いってくれてるんですけど
そう言う訳にも行かないんで
ひとまず、峰さんに報告しなきゃと思って」


「そうかでも、今日くらいは、うちに泊まってけよ
どうせ、明日も予定はないんだろう?」

「まぁ」


「あたしも・・・と言いたい所だけど
明日は、午前中仕事あるから
残念だけど、もう帰るわ・・・」

「真澄ちゃん・・・ごめんなさい
心配かけちゃって・・・」



「ううん・・・ヒカル君・・・・
ヒカル君だけなのよ・・・」

「?」


「私には、パートナーもいなければ
子供もいない・・・だから、誰かの心配したいけど
出来ないの・・・だからね・・・」


「ありがとう・・・・」


ヒカルは、深々と頭を下げた。


「ほら、そう言う所だ
オレたちに気は使うな!オレたちは、好きで
やってるんだから」

「・・・・はい」

「じゃぁ行くわね」

「おう、お疲れ~」


真澄は、足取り軽く帰って行った。








峰家のリビングで、二人飲みながら。


「そうだ、ヒカル、フランス行くにしろ、いかないにしろ
しばらくヒマだろ?」

「ええまぁ」

「じゃぁ楓のコンクール見に行ってやれないか?」

「え?」

「ちょうど、先週から始まってて
今日、2次予選だったんだが、無事に通過したって
で、次が3次でセミファイナル、一般公開されるらしいから
薫が、都合ついたら、俺にも見に来てくれって
言われてるんだ・・・」

「でも・・・今のボクには・・・」


「何で、お前そんなに頑ななんだ?
楓は、もうとっくに吹っ切れて
前に進んで頑張ってるぞ、そんなんじゃ
いつまでも前に進めないぞ
気軽に、元気か、頑張れよ!って
声かけてやればいいだけだろう?」


「でも・・・彼女にはもう・・・」

「もう?何だよ?」


「・・・彼氏出来たみたいだし・・・
もうボクの出る幕じゃないんじゃ・・
今更、ボクがしゃしゃり出ても、迷惑なだけですよ」


ヒカルは、寂しそうに答える。


「楓に彼氏?何の話だ?
誰に聞いた?そんな話?」


「いや・・・1年くらい前に、ちょっと
こっちに用があって・・・
その時、たまたま楓ちゃん見かけて
優しそうな学生服来た男の子と
楽しそうに、歩いてるの見たんですよ。」

「???あ~!そりゃぁ光輝の事だろう?
っていうか、お前、東京に戻って来てたの?
何で、顔出さなかった?」

「え?いや、事務所に用があって
とんぼ返りだったんですいません・・・・」

「まぁそこはいいや、恐らく
それは、光輝って奴で、うちのオケで
ヴィオラ弾いてて、楓と学校が一緒で・・・
あぁもう、そんなのどうでもいい!

要は、お前が楓の事、どう思ってるかって事だろう?
もう妹だなんて言うなよ、だいぶ前から
そんな風には思ってないのは、俺にはわかってるぞ」

「・・・・でも・・・自分でも、よくわかんないんです・・・
どうすればいいんですかね・・・本当・・・」


ヒカルは、寂しそうに答えた・・・。


「ヒカル・・・お前いくつになった?」

「え?・・・・来年で・・29です・・・
いい大人が何言ってるんだって思ってるんでしょ?
自分でもそう思います・・・

でも、しょうがないじゃないですか・・・」


ヒカルは、下を向いたまま頭を抱える。


「・・・・本当に、好きなんだな・・・楓の事・・・」

「・・・・・」


ヒカルは下を向いたまま動かない。

峰は、黙ってヒカルの肩をポンポンと叩き
グラスに残ったウィスキーを飲み干した。







「願いがかなうなら・・・」
By松下優也



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